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黒メダカ
黒メダカ
何よりも自然が大好き。そして旨いものが大好き。ニックネームをめだかの親分から黒メダカへ変更しました。

2017年04月12日

懐かしい酒田の旧町名






2017年4月12日(水)

先日伺った酒田市一番町にある酒田市立資料館。
4月8日から開催されている「古き良き湊町の面影伝える懐かしい酒田の旧町名」の企画展がおもしろい。

昭和40年から42年にかけて実施された「新住居表示」で、
市内中心部の町名が変更されてから50年になる。

私などはちょうど変わる町名を見ながら育った世代だが、
まるで旧町名を知らない世代も多くなってきた。

いったいどんな展示をしているのだろうかと期待して伺ったが、
予想にたがわず面白い企画がいっぱいあった。

特に注目したのは一枚の地図。
係りの人にコピーはできないかとお願いしたところ、
写真を撮るのであればOKだがコピーは困るとのことだった。
写真を撮るときに提出する書類に必要事項を書き込んで以下の写真を写した。







昭和43年製の酒田市街地図だった。
この地図で何がおもしろいか、それは新井田川の形が今と違うことだった。

もちろん私は小さいながらも新井田川で釣りをしたりして遊んでいたから、
わからないはずもないが、それでもこんな風に蛇行した新井田川があったことを知る人は少なくなった。

現在の浜田2丁目の一部、旭新町は2本の新井田川にはさまれていたのだった。
そして北側の新井田川はその後埋め立てられて現在の市道となっている。

この川は新井田川の氾濫でできたもので、当時はこんな風に2本ないと、
すぐに水が道路にあふれてくるのだった。
駅東はまだ田んぼだった頃の話である。

このすぐ上流域から幸福川へと水を回す工事が始まったのは、
昭和45年からとなっている。
(酒田市漆曽根地内、舟止橋近くの石碑に「新井田川記」として記載)

また、酒田駅前周辺の道路も現在とはずいぶんと違うことに気付く。
小さかった頃の記憶を集めると次々と忘れていた記憶がよみがえる。





  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(2)酒田関連

2017年04月11日

日和山公園桜まつり








2017年4月11日(火)

昨日飛島から帰ってきてから行った酒田市日和山公園。
小学生が先週土曜日入学式だったこともあって代休扱いのせいか大勢きていた。

しかし、どの写真を見ても桜の花はさっぱり見えない。
ようやく開花宣言をしたものの、風の冷たさもあってなかなか開花は進まない。
辛うじて池のすぐ前(売店のところ)の桜が開き始めていた。

出店も多く出ていてこれだけでも華やかな桜まつりになっていた。
さて、問題は今日の午後からのお天気が雨ということ。

はたして満開はいつになるだろうか。
今週末辺りが一番の良いところになりそうだ。













  

Posted by 黒メダカ at 08:03Comments(0)酒田関連

2017年04月10日

飛島の山羊




2017年4月10日(月)

酒田市の離島「飛島」に行ってきた。
朝起きたらお天気が良くて「思い立ったら吉日」で即行動だった。

しかし、行きの飛島丸はかなり揺れて風も冷たかった。
9時30分出航の10時45分勝浦港着岸。
それから酒田行の出航するまでの時間は3時間弱。
13時30分の出航に間に合わないと明日帰るしかなくなる。

今年1回目の飛島行きはやはりあっという間の2時間45分だった。
あまり野鳥とも会えずにぐるりと1周のウォーキングだった。

歩数は12,594歩。
短時間だったわりにはよく歩いた。

途中勝浦の山の上で会った珍しい山羊(やぎ)さん。
去年は見かけなかったが、私が会わなかっただけだったか。
私がめぇ~と声をかけると合わせて「メェ~」と返してきた。
人なつこい目をしていた。









野鳥の種類は相変わらず多かったが鳴き声はしても、
なかなかお目にかかることができなかった。
時間があればじっくりと撮影できるのにこんなときはやはり無理なのだ。

勝浦から中村、そして鼻戸崎展望台へ行って法木集落まで行けずに、
そのまま山道を海水浴場まで歩いてきた。

今月もう一度行ければ行きたいが、
やはり一日2便の時の方が時間に余裕があってうれしくなる。
もしくは1泊2日で行くのがベターだが、仕事がちょうど合えばいいのだが。





鼻戸崎展望台から見た鳥海山は頂上付近が雲に隠れていたが、
帰り際に見たらきれいに晴れていた。
勝浦港付近からの一枚だが、同じ鳥海山でも酒田から見た姿とは相当違うことがよくわかる。





  

Posted by 黒メダカ at 18:12Comments(2)酒田関連

2017年04月02日

亀ヶ崎城とつなぐ橋




酒田市上本町と酒田市亀ヶ崎をつなぐ橋。
その名も「新井田橋(にいだはし)」という。

一説には室町時代からあったと言われる橋は、
明治23年にはめがね橋が竣工され貴重な橋として長年地域住民に愛され続けた。

しかしそれも老朽化が進み昭和30年、
現在の新井田橋に架け替えられている。

なお、現在あるのは昭和30年に竣工になった橋がそのままあるのではなく、
その後耐震強度に耐えられるように強化工事が行われたものである。

亀ヶ崎城があった当時はこの橋が酒田町と通じる唯一の道であり、
重要な橋として扱われたのであろう。







亀ヶ崎城はその後幾多の変遷があって、
現在は酒田東高校の敷地となっている。

通常どこの地域でも城跡は大きく残されているが、
なぜか酒田では城跡などお構いなしで、天下の商人本間様の屋敷が大きく残されている。

 
新井田橋から見た下流方面には大きく右に蛇行したところに山居倉庫が位置している。
そして、上流部には新しい橋「未来橋」(歩道専用)が架けられている。







上流部遥か向こうには鳥海山が見えるが、
残念ながら雲の中に隠れていた。

春の日差しを浴びながら心地よい散策の途中で撮った写真である。




  

Posted by 黒メダカ at 08:09Comments(2)酒田関連

2017年03月31日

飛島丸発着所の改装






2017年3月31日(金)

今年度最後の日となったが、
昨日行った酒田市船場町にある飛島丸発着所が改装されていて驚いた。

いつの間に工事したものやら、
ちょっと見ない間にあっという間に出来上がっていた。

入口を入って右のところには「飛島刺し子」が飾られ、
中に入って右手にも大きな飛島の名所旧跡の美しい写真が飾られていた。

さすがに「鳥海山・飛島ジオパーク登録」になっただけのことはある。
飛島丸の乗船手続きをするところにもジオパークの幟が立ち、
今年は相当の飛島観光人口の増加を目論んでいるのがわかる。

私は来月4月には野鳥観察で行く予定でいるが、
ツアー客やら混雑するようであれば、回避したいなと思う。

ただでさえ混雑が嫌いなうえに、人嫌いなのだから当たり前だが、
実際に飛島ではどう変わっているのだろうか。

来月行ってから考えることにするが、
民宿や旅館の宿泊客誘客予定はいつもの通りなのだろうか。
明日あたり電話で問い合わせてみようと思っている。













  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(0)酒田関連

2017年03月25日

酒田市役所前の桜の行方




2017年3月25日(土)

東京ではすでにソメイヨシノの開花が報じられていた。
酒田ではまだまだ蕾は固いままだが、
酒田市役所が建て替えられる以前にあった交差点のところの桜の行方が気になって、
とうとう昨日、酒田市役所の総合案内に尋ねに行った。

桜の木の話をすると担当の方(新庁舎建設室の方?)が直接総合案内まできていただき、
詳しいお話しを聞くことができた。

ちょうど喫茶「山茶花(さざんか)」の向かい側の小高い休憩所にあった桜の木は、
酒田では一番先に咲き始めることで有名な木だった。

酒田市役所でも何とかしてこの木を移転したいと考え、樹木医などとも相談をしながら根を掘り進んだところ、
やはり相当な老木で移転は無理だろうと考えていたらしい。

しかし、それでも何とか掘り出してトラックに積んだところまでは良かったが、
その後運搬しているときに木が折れてしまったとのこと。
すぐ隣にあった大きなたぶの木もやはり老木で同じ運命だったようだ。
命あるものいつかは土に還るのは止むを得ないことだが、やはり惜しい。

それでも、ことの顛末(てんまつ)を知っている方から直接お話しを聞くことができ、
本当にうれしい気持ちでいっぱいになった。

そして、担当の方の話はまだ終わってはいなかった。

それは折れた桜の木とたぶの木を使って作られたのが、
何と目の前にある総合案内のデスクなのだった。

いつも総合案内の席に座っている若い彼女も全く知らない話で、
かなり驚いていたが、何か一言でもこのデスクの生い立ちなどを書いていればと思ったが、
あえてそんなことをしないほうがいいのかもしれないとも思った。





一枚板ではないが、かなりがっしりとした造りとなっていた。
以前は桜の花を咲かせることで市民の目の保養になっていたが、
思わぬ形で市民の役に立っている現在の桜の木。

これからもしっかりと市民を見守って過ごして行くのだろう。





酒田市役所北側には生き残ったたぶの木、松の木、桜の木がある。
これから徐々に花を咲かせ、緑を楽しませてくれそうである。



  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(4)酒田関連

2017年03月19日

酒田市新橋3丁目108区画分譲開始






2017年3月19日(日)

酒田市新橋3丁目にあった天真学園高校グランドが工事に入ってだいぶ経つ。
ちょうど酒田市立第二中学校の向かい側に当たる。

すぐそばにはにいだ川が流れ酒田駅までの時間もそうかからない。
広告を見ると坪単価は13万円から16万円ほど。
面積も53坪から70坪ほどとなっていた。

分譲が開始されてまだ間がないというのに、
さっそく建築が開始されている土地もあった。

青空がまばゆい昨日の朝見に行ったが、
やはり新しく分譲されただけあって心地よい雰囲気だった。

ここに入居する人が108世帯なら若浜小学校へは何人入ることになるのだろうか。
どこの小学校も生徒が少なくなり、いろんな面で弊害が出ている。
このプレミアムニュータウンが明るい話題を提供してくれればうれしい。

我が家から歩いても数分の場所ながら時々散歩がてら来てみようと思う。
公園などの緑が見つからないのが少し物足りないが、
にいだ川の緑でカバーするのだろうか。



  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(0)酒田関連

2017年03月18日

中瀬渡舩碑






2017年3月18日(土)

今日は小学校の卒業式。
私は都合で出席できない。
晴れの日に卒業生の保護者に皆さんは感激もひとしおだろう。
影ながらおめでとうと言いたい。

さて、昨日行った酒田市飯森山にある飯森山公園から北に向かって歩いて行ったところ。
京田川の土手に登る手前には「中瀬渡舩碑」なる石碑が立っている。

以前からこれは何だろうと気にはなっていたが、
いよいよ木に書かれた文字も読めなくなってきた。

光丘文庫で調べたり図書館で調べたりもしたが、
残念ながら関連する資料は見つけることができなかった。

その昔、宮野浦渡し船があったのは私も知っているが、
かなり下流域にあったと記憶している。
しかし、暴れ川で有名だった最上川だ。
それ以前は渡し船の場所がちょうど飯森山付近からになっていたのではないだろうか。

酒田市には中瀬と付く地名が他にも実は存在する。
ひとつは吉田新田堰中瀬。
これは新井田川に近いが渡し船とは距離があり過ぎる。

そして宮内字中瀬という地名もあるがこれも南遊佐に近い場所で遠すぎる。
中野俣中瀬という地名もあるが旧平田町地内で関連は薄い。

最後に残ったのが出羽大橋上流にある酒田市中瀬である。
中瀬の渡し船を知っている人はおそらくもういないだろうと思われるが、
もう少しこの地域の歴史を紐解きながら調べてみようと思っている。

この後京田川の土手へ登り宮野浦方面を写真に撮った。
高見台地区もずいぶん家が増えた。
久木原公園へ行って休憩したあと飯森山公園へと帰った。







  

Posted by 黒メダカ at 08:13Comments(0)酒田関連

2017年03月11日

珍しき吊るし飾り








2017年3月11日(土)

昨日行った酒田市松山地区にある「松山文化伝承館」にあった吊るし飾り。
私がこれまで見たこともないかわいいものがたくさんあったので紹介しよう。

もっとも写真に撮ることができたのはロビーにあったサークルで作成したもの。
この「布遊びの会」で講師を務められた高橋睦子氏のオリジナルらしいかわいい吊るし飾りは、
現代でも通用するような個性的な美しさを持つものだった。















傘福飾りにはあまり詳しくない私だが、
この吊るし飾りはいろんな願いを込めて200種類以上のものがあると聞いた。
子どもの健やかな成長を願うものから安産祈願など、
その願いは各地の神社に届けられて吊るし飾りとなって残っている。

福岡県柳川市のさげもん、静岡県東伊豆町稲取地区の雛のつるし飾り、
そして酒田市の傘福を称して日本三大手芸とすることがある。

  

Posted by 黒メダカ at 08:07Comments(0)酒田関連

2017年03月09日

清亀園の傘福飾り




2017年3月9日(木)

昨日雪の降る中行った酒田市浜田にある清亀園(せいきえん)。
今年も酒田雛街道の「古傘福と古典雛人形」展示会が開催されている。

古傘福は昔からある傘福だが、
ぼろぼろになりながらもかろうじて形がわかるものもあって、
推理しながら修復して(作り直して)飾る取り組みをしていた。

ちょうどお客さんもいなくて私の貸し切りだったが、
親切にこれまでの経過や今行っていること。
そして酒田各地のいろんな神社から借りてきた傘福飾りを
懇切丁寧に説明してくれるのだった。

さすがに庄内傘福研究会だけあって、
歴史や地理に詳しく、感心するばかりだったが、
いかんせん男一人の見学者では話も弾まず申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

せっかく一所懸命説明してくれたのにすみません!

うんちくは省略して写真を掲載する。









上の写真は猫柳の木に飾られた人形。





一色で統一された傘福飾り。左が紅花染め、右がさくらんぼ染め。






  

Posted by 黒メダカ at 08:08Comments(0)酒田関連