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黒メダカ
黒メダカ
何よりも自然が大好き。そして旨いものが大好き。ニックネームをめだかの親分から黒メダカへ変更しました。

2018年05月10日

河村瑞賢生誕400年






2018年5月10日(木)

今年は江戸時代に酒田湊を起点に西廻り航路を開いた商人・河村瑞賢(1618―99年)の生誕400年。
これを記念して酒田市は今年、瑞賢の生誕地・三重県南伊勢町と連携し、酒田の魅力を全国に発信している。

酒田市日和山にある瑞賢の銅像は酒田市出身の彫刻家高橋剛氏の作成したもの。
実は三重県南伊勢町にも同じ作者が作った銅像が立っており、日本でたった二ヵ所だけに瑞賢の銅像がある。

西周り航路は最上川流域の米を酒田に集め、酒田を起点に下関海峡、瀬戸内海を通って大坂、江戸へと至る航路で、
酒田では今も、港町酒田の繁栄の礎を築いた偉人として紹介されている。

しかし、こんな立派な事業をした偉人の銅像がここにあることを知っている人は案外少ない。
幟旗を立てて意識高揚をしようと酒田市では必死のアピールをしているようだが、
それほど市民の反応は鈍い。

あまりお天気の良くなかった昨日、
仕事が終わってから久しぶりに日和山を訪れたが、深緑がまぶしく目に飛び込んできた。

ツツジの花が色鮮やかな花を咲かせて、
ひとときの安らぎを与えてくれていた。

来週は酒田まつりが開催される。
勇壮な山車を見ることができる。
緑あふれる日和山の景観に少しだけ瑞賢生誕400年の幟が揺れていた。


  

Posted by 黒メダカ at 08:04Comments(0)酒田関連

2018年04月26日

中町モールの屋根完成






2018年4月26日(木)

昨年から工事が行われていた酒田市中町の中町モール改修工事がほぼ終了した。
久しぶりに訪れたマリーン5清水屋脇の屋根付き広場は、
思ったよりもかなりの広さがあった。

平成27年4月から行われている「新酒田市中心市街地活性化基本計画」。
中町エリアに関する事業のなかで中町にぎわいプラザ整備事業とともに、
中町モール改修事業も行われてきていた。

どんなふうになるのか楽しみにしつつも、
何かよくイメージがつかめないままの工事期間中だった。

何やら仕掛けらしきものも地中に隠されているようで、
今後の使い方を見てみようと思っているが、
果たしてこれまでと何がどう変わっていくのかが大きな焦点となる。








  

Posted by 黒メダカ at 08:01Comments(0)酒田関連

2018年04月18日

市役所前の大獅子参り




2018年4月18日(水)

母が亡くなった3月から4月にかけて、
この大獅子のそばを何度通ったことだろうか。

雪が降ったり、急に暑くなったり、
そしてまた急に寒波が来たりと変化の激しい一ヵ月だったが、
市役所前の桜がようやく満開になった。

預貯金通帳解約のための謄本や改正原戸籍、
戸籍付票に除票、住民票と、見たこともない文書を何度もいただいた。

年金関連でも同じようにまた必要となって訪問。

なかなかできなかった市役所駐車場も完成し、
何度も往復した道路向かいの駐車場は今では懐かしい。

あと一ヵ月もすると今度は酒田まつりのパレードがやってくる。

19年前に父が亡くなり、今年母が亡くなった。
順番から行けば今度は私の番だ。
あと何年生きられるかわからないが、
まだもう少しやり残したことがある。

せめてあと10年の計画をこれから考えようとしている。


  

Posted by 黒メダカ at 08:03Comments(0)酒田関連

2018年03月22日

酒田夢の倶楽(くら)華の館の雛飾り




2018年3月22日(木)

酒田市山居町にある山居倉庫の中にある「酒田夢の倶楽(くら)」。
展示館「華の館」では季節柄華やかな雛飾りが展示されていた。

雛飾りはあまり興味もないがやはり豪華絢爛な色を見るとウキウキする。
吊るし飾りも色鮮やかなものばかり。

展示場に入ると歴史絵巻を見ているようでまるで別世界に来たように感じてしまう。
酒田の古くからの歴史を目の当たりにして思わず唸ってしまう。

外は冬に逆戻りしたような風が吹いて散歩は無理。
そんなときはこんな建物のなかを歩いて過ごすのも悪くはない。








※ 身内の不幸があり、しばらくブログの更新は無くなる予定。



  

Posted by 黒メダカ at 08:12Comments(0)酒田関連

2018年03月12日

庄内地震の歴史






2018年3月12日(月)

昨日は大震災からちょうど7年の節目の日だった。
そうか、あれからもう7年が過ぎてしまったか。

酒田市南新町にある日和山を散歩しながら見るともなしに赤い大鳥居脇の小道を登って行った。
ここは以前も行ったことがある甲午(きのえうま)震災記念碑があるところだ。


『甲午震災記念碑』

明治27年(1894)10月22日午後5時35分、庄内地方は大震災にみまわれた。
夕飯の時刻でもあったので、火災も発生し、未曾有の大惨事となった。
酒田町の過半数に当たる1747棟の家屋が全焼し、160人を超える死者がでた。
庄内全体で死者700人を超し、焼失家屋も3500棟を超したが、
船場町(ふなばちょう)、傳馬町(てんままち)、秋田町、袖浦村、広野村、新堀(にいぼり)村など、最上川下流域地帯の被害が特に激しかった。

天皇皇后両陛下の御下賜金(ごかしきん)、全国からは多額の義援金が送られるなど震災救侐(きゅうじゅつ)があった。
本間家は仮設病院建設の為に200円を拠出した。

旧庄内藩主酒井氏、風間氏、本間氏、松井氏、池田氏など鶴岡、酒田の豪商有力者による救援炊き出し、
本町太平医師など町医者による病人、怪我人の医療が行われた。

明治33年、白崎善吉、橋本熊五郎、木村茂三を建設惣代人とし、
酒田浄福寺住職菊地秀言が碑文を作り、石碑を建てて賑侐(しんじゅつ)の徳を悠久に伝えるとともに、
防災の心構えを忘れないよう是に記した。
(全文)


「甲午震災」とは「庄内地震」の事であり、マグニチュードは7.0
山形地方気象台の記録に拠れば「死者726、負傷者1,060、住宅全壊3,858、家屋焼失2,148」の大惨事だった。

その後も酒田大火など大きな災害に見舞われながらも、
この町に住む人々はしぶとく生き抜いている。

しかし、いつやってくるかわからない自然災害。
その気構えはしっかりと持ちつつ対策を立てながら生きていきたいと思う。


  

Posted by 黒メダカ at 08:11Comments(0)酒田関連

2018年03月02日

酒田雛街道の清亀園






2018年3月2日(金)

昨日からの暴風が夜中まで耳についてなかなか寝付けなかった。
何しろ震度3がずっと続いているような感じだった。
このまま家が飛ばされてしまうのではないかと気が気でなかった。

昨日夕方の酒田市浜田にある清亀園(せいきえん)。
酒田雛街道の主要展示施設になっていることから見物に来る人も多い。

しかし、さすがに昨日は大荒れのお天気。
酒田雛街道の幟(のぼり)も今にも折れてしまいそうな風だった。

3月3日は桃の節句。
ひなまつりにふさわしい季節になったがただ眺めて歩くだけのおひなさまは、
私にとってあまり興味の対象とならない。

日本全国おひなさまで我が家にもおひなさまはあるが、
このところずっと飾ってはいない。




  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(0)酒田関連

2018年02月26日

酒田のお城はどこだ?




2018年2月26日(月)

このところ立て続けに酒田のお城の話題になったことがあった。
西郷隆盛さんの南洲神社が酒田市飯森山にあるのが話の始まりのようだが、
皆さんもともとあった酒田の亀ヶ崎城のことを知らない人が多い。

酒田市亀ヶ崎にある県立酒田東高校の場所が亀ヶ崎城のあった場所になる。
しかし、観光地ではないため誰も近づくことはできない。
無断で酒田東高校に入るわけにはいかない。

そして亀ヶ崎城址としての面影も西側に連なる3mほどの土塁(どるい)があるのみで、
建物も堀跡も何も見つけることはできない。

もともと酒田にいた殿様は本間様の陰に隠れてあまり目立つ存在ではなかったこともあって、
酒田市民も亀ヶ崎城を観光に使おうなどとは考えていなかったようだ。

山形県内をあちこち歩いてみて感じるのはやはり歴史的建造物を大切にしていることだ。
山形の山形城跡「霞城公園(かじょうこうえん)」を始め、
米沢の「松ヶ岬城」や新庄城址「最上公園」、鶴岡の鶴ヶ岡城址「鶴岡公園」など、
しかし、酒田にはそんな公園は見当たらない。

本間様や三十六人衆が商人だったことから亀ヶ崎城の城はあっても、
別に自治組織を作り運営をしていたことも影響しているのだろう。

昨日歩いた酒田市亀ヶ崎にある酒田東高校脇の道路には、
亀ヶ崎城についての説明が少しだけ掲示されている。







3mほどの土塁でも甲冑(かっちゅう)を着て登るのは大変だっただろう。
山城と違って平城(ひらじろ)の亀ヶ崎城はやはりお濠で城を守っていたようだが、
酒田市民は保存することもしてこなかったようで、まるで跡は見えない。

  

Posted by 黒メダカ at 08:17Comments(0)酒田関連

2018年02月25日

とびしまの野鳥だより




2018年2月25日(日)

酒田市船場町にある酒田市定期航路乗り場にある「野鳥観察情報」は、
毎年春と秋に貴重な写真入りで発行されている。

興味のある人のために余分に印刷され持ち帰ることができるようになっている。
平成29年春には日本初記録の「ムナグロノゴマ」が見つかり話題になった。

私も飛島に渡っていた時期と重なるのでもしかしたらいたのかもしれないが、
私には見つけることはできなかった。

さて、昨年秋にも野鳥だよりは発行され、
私が見たこともない「ユキホオジロ」なども観察されていた。





私は今年も何回か飛島に渡って散策をするつもりでいるが、
自然豊かな飛島の地をそのまま伝えることができればうれしい。

今日の発着所は風が冷たく黙っていると凍えそうな寒さだったが、
それでも「出航」の表示が大きく張り出されていた。





中に入ってみるとお客さんは三人ほど。
大きな荷物といっしょに椅子に腰かけていた。



  

Posted by 黒メダカ at 10:06Comments(0)酒田関連

2018年02月15日

少年歌舞伎のインタビュー




2018年2月15日(木)

今日は黒森歌舞伎の正月公演一日目。
酒田市黒森地区にある黒森日枝神社境内は多くの観客やカメラを持つ写真愛好者などで賑わった。

私が見たのは12時から始まった少年歌舞伎。
「青砥稿花紅彩画」より稲瀬川勢揃いの場(いなせがわせいぞろい)。
子供たちの元気の良い啖呵が心地よく境内に響いていた。
かっこ良い「大見得を切る」所作が様になっていた。

さて、写真は演技が終わったあとの毎年恒例の6年生の皆さんへのインタビュー。
ここ黒森小学校も例にもれず少子化の影響で生徒数がぐんと減少している。

「今日の朝は何を食べましたか?」
「ごはんと黒森納豆です!」
毎年決まりのインタビュー内容らしいが、少し楽しい。

最後に6年生の皆さんに後継者になりたいか聞いたところ、
手を挙げたのは一人だけだった。
いや、一人いたのは立派と言った方がいいのかもしれない。


以下、黒森歌舞伎風景を掲載する。





















カラーコーンとバーに囲まれた中が見学者用の椅子になる。
その外側はカメラ愛好者が持ち込んだ三脚がズラリと並ぶ。
一台数十万円から百万円を超えるようなカメラがこんなに並ぶと何のための歌舞伎かと首をかしげたくなる。

この中に入るのに三脚が邪魔で入れない状態になる。
観客は外に追い出される。
変な話だ。




  

Posted by 黒メダカ at 18:55Comments(0)酒田関連

2018年02月14日

将棋の未来




2018年2月14日(水)

今日は遅番勤務。
午前中は私の月に一度の医者通い。

先日行った精密検査や胃カメラの結果を言い渡される。
毎年のことだが、何ともやり切れない思いが脳裏をよぎる。
何しろ、私の心臓手術もこの検査結果で初めて必要とわかったのだから。


さて話は変わって、中学生棋士がプロにデビューして連勝の新記録を達成したとたん。
全国の小学生や中学生が将棋大会や将棋道場に溢れるようになった。

酒田でも鶴岡でも将棋大会が熱気を帯びるようになった。
皆さん一様に中学生プロ棋士の名前を出して「ぼくも(私も)プロになりたい」と言う。

私も昨年たまたま休みの日に将棋大会があって参加してみたが、
惜しくもメダルは逃してしまったが健闘はしたと思う。
昔取った杵柄(きねづか)はまだ健在だった。

一時的なブームという人も多い。
そんなに簡単なものじゃないという評論家もいっぱいいる。
しかし、現在のような混沌とした時代のなかで、
必死に考える姿を見ただけでもすばらしいなと思うのは私だけだろうか。

写真はNHKテキスト「将棋講座」と付録の「阿部健治郎の囲い最前線」。
付録を書いているのは酒田市在住のプロ棋士阿部健治郎7段である。

2002年6級で奨励会入会。
2009年4段、2016年7段。
時々NHK杯に登場し、強豪を破ったりもしている。

こんな酒田市民もいるのだ。



  

Posted by 黒メダカ at 08:02Comments(0)酒田関連