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黒メダカ
黒メダカ
毎日の日記代わりに綴っているが時々羽目を外すこともあり。
美味しいものには目がないが、以前はこよなく愛していた日本酒などのアルコールはほとんど嗜むことがなくなった。
心臓の持病はいつ悪化するかわからない厄介者。

2019年05月14日

山形県唯一の離島飛島の西海岸







2019年5月14日(火)

昨日行った酒田市飛島。
西海岸は花の時期に行くことにしているがまだ少し早く、スカシユリ(岩百合)やハマナスも咲き始めたばかりだった。

いつものコースとはまるで反対に、降りた勝浦港から左方向へ歩き始める。
小松浜海水浴場から海岸遊歩道を通り賽の河原へ着く。

一般道を歩くのとは違いごつごつした岩に作られた道を歩くため、
何と歩きにくいことか。
賽の河原の丸い石の上を歩くとぐらぐらと不安定この上ない。

ロウソク岩の脇を通り筆の浜(そでのはま)、ゴトロ浜、オバフトコロの浜ととことこ歩いて約1時間。
ようやく季節になるとお花畑が現れる荒崎海岸へと到着する。

歩いてみて気が付くのはゴミがとても少なくなっていることだ。
飛島クリーンアップ作戦を始めて今年で19回を数えるが、毎年本当にきれいになっていると感じられる。

昨年は何と2200kgの漂着ゴミを回収したとニュースで言っていたが、
これを人力で処理するのだから驚かされる。

御積島(おしゃくじま)を含む烏帽子群島がひときわ目立つ西海岸。
昨日は干潮だったためかずいぶん潮が引いていた。

今年のクリーンアップ作戦は5月25日(土)。
すでに申し込みは終了し、本番を待つばかりになっている。











まるで私を案内するかのように先になって待っているイソヒヨドリ。
時々美声で私を呼んでいるようだった。











荒崎海岸のところのベンチ。
すぐそばには花の写真なども飾られているが、今回はトビシマカンゾウの花を摘む女という絵があった。
風情のある絵だなぁと思わず立ち止まった。




  

Posted by 黒メダカ at 08:01Comments(0)飛島のこと

2019年05月13日

イカとトマトのパスタ







2019年5月13日(月)

酒田市の離島飛島へ行ってきた。
今日も朝から青空が広がり風も穏やかで波に悩まされることはなかった。

今回は野鳥を離れて景色と花を撮影に行ったが、
残念ながらほとんど目的は達成されなかった。

お昼ご飯は島のカフェスペース「しまかへ」のイカとトマトのパスタをいただいた。
すぐ脇ににゃんこが近づいてきてじっと見つめられたがかまわなかったら隣の客に行ってしまった。

島を半周して汗をかいて帰ってきたが、歩くだけでも心地よい季節になった。


ところで酒田本港を出航するときに旗を振って見送ってくれる皆さんにはいつも頭が下がる。
海洋センタービルに入っている人たちなのだろうか。
思わず手を振ってこたえる船に乗っている人たちも多い。









  

Posted by 黒メダカ at 16:47Comments(0)飛島のこと

2019年04月15日

飛島の弘法大師伝説、材木岩とにわとり







2019年4月15日(月)

一昨日行ってきた飛島のことでもうひとつ書きたいことがあったので掲載しておく。

定期航路とびしまは通常は一日一便となっている。
酒田港を出発し、飛島の勝浦港との間を往復する。

つまり島の人は通常は日帰りは不可能となっている。
必ず一泊酒田のどこかにしなければならない。
だから概ねの島の人は酒田港の近くに2件目の家を持っている。

昔から島の人の願いは「本土との交通問題」なのだ。
「本土と地続きだったら」の願いはとても強い。
それがために島から離れる島民も多いのは事実だ。

さて、そんな中「弘法大師と材木岩」という伝承話を聞いたことがある。


その昔、弘法大師が飛島に渡った。
風まかせの船旅は丸一日掛りで、離れ小島の不便さをつくづく感じた弘法大使は、
島民に「法力で夜が明けるまでに橋を架けてあげよう。ただし、できあがるまで誰も見てはならない」と告げた。

ところが日に何度かにわとりの鳴きまねをしないと気が済まない若者がいて、
夜明け前に鳴きまねをしてしまった。

この鳴きまねを待望の夜明けと勘違いした島民は一斉に外に出た。
橋は八分通りできあがっていたが、大師は約束を破ったことを怒り、橋を壊して材木を投げ飛ばした。
この橋の一部が烏帽子群島の「柱状節理」として残ったと言う。


弘法大師と材木岩のお話は「橋が欲しい」という島民の切なる願いから生まれたものなのだろう。
しかし、40kmもの距離をつなぐ橋など実現不可能なのは誰もが知っていることだ。

ところで、この伝説のせいで飛島ではにわとりは飼わないことになっているのかと、ずっと思っていたが、
一昨年辺りからどこからかにわとりの鳴き声が時々聞こえるようになっていた。

始めは空耳かと思っていたが、ようやく今回訪れた折にその謎が解決した。
いつもはヤギさんのいる近くで一羽だけにわとりがいるのを目撃できたのだった。

それが今回の写真だ。

これもヤギさん同様島民のペットなのかは聞き忘れたが、次回行った時には聞いてみようと思う。
影を見る限り、白色レグホンではなく名古屋コーチン辺りではないだろうか。



※資料として粕谷昭二氏著「日本海の孤島 飛島」(東北出版企画)から一部抜粋した。


  

Posted by 黒メダカ at 08:21Comments(0)飛島のこと

2019年04月14日

飛島は島中ジョウビタキの群ればかり






2019年4月14日(日)

昨日行った酒田市の離島飛島。
上陸するといきなり渡りで来ていた野鳥のジョウビタキが待っていた。
(写真1枚目が雄、2枚目が雌)

先日酒田市日和山公園で撮影したこともあってスルーして歩いて行ったが、
実はどこに行ってもこのジョウビタキの群れが尽きることなく待ち伏せていた。

もちろんいつもいるミヤマホオジロやメジロなどは健在だが、
それにしても何羽いるものやら、想像もできないほど多かった。

この時期うまくいけば今まで見る機会がなかったヒレンジャクやキレンジャクが見れるかもと、
淡い期待を持ちながらあるいていたが、残念ながら会うことはなかった。

渡り鳥の中継地点になっている飛島。
島の人から話を聞く機会などもあって、野鳥との格闘の話も聞いていた。

種を蒔けばほじくり返してさっぱり芽が出なかったり、
やはり野鳥対策には相当神経をとがらせていたとのことだった。

私がぐるりと島を周っていてもやはり畑には必ずと言っていいほど漁網が設置してある。
漁網だからそれほど目は細かくはない。
それでもまったくしないよりは効果があるらしい。

飛島の観光事業のせいでバードウォッチングで飛島へ来る人が増えたが、
むやみやたらに畑に入って三脚を立てたりしているのを見ると果たしてこれでいいのだろうかと、
疑問に思う時もある。

昨日は私を含めて十数名の客が飛島へ渡った。
そのほとんどが日帰りでの観光だったが、風が冷たく吹いて陽射しは出ていても寒かった。

今月もう一度いけるかどうかわからないが、
次回は一泊でゆっくり島内の見学をするつもりだ。
(心臓の検査結果にもよるが…)




上の写真は巨木の森の入口のところ。
ちょうど桜が満開になっていた。





島内にヘリが着陸するときのヘリポート。
野鳥が良くあつまってくるところで、昨日もジョウビタキがいっぱいいた。
















  

Posted by 黒メダカ at 08:27Comments(2)飛島のこと

2019年04月13日

今年初の飛島散歩






2019年4月13日(土)

あまりのお天気の良さに我慢できずに山形県唯一の離島飛島(とびしま)に行ってきた。
酒田市から定期船とびしまで約1時間15分、距離は40kmほど。

我が家ではわからなかったが風が強く日本海はあちこちに白波が立っていた。
船は左右に大揺れだったが、それほど酔うことなく飛島勝浦港に到着。

あぁ今年も来ることができたなぁと思わず周りを見渡してみた。
勝浦集落、中村集落と通って農免道路に上がり、ぐるりと島を半周してきた。

まだお店もやってないこの時期。
見るのは景色と野鳥の世界だ。

ところで、今年「とびしま応援店」ができた。
島に行かなくても飛島の水産物料理が味わえるお店や飛島の「ぎばさ」販売店、水産物販売店などが、
紹介されたパンフレットを入手した。







  

Posted by 黒メダカ at 17:05Comments(0)飛島のこと

2018年10月16日

飛島に秋が来た






2018年10月16日(火)

昨日は風もなく穏やかな日だった。
今年最後になるかもしれないと酒田市の離島飛島に行ってきた。

3時間弱しか滞在できないためあわただしく歩かなければならないが、
何とか出航時間に間に合って帰ってきた。

今回も勝浦から中村、そして小中学校と歩き、
法木へは行かずに山の上のグランドを経由して、
農免道路を歩いて畑の周りで写真を撮りながらぐるりと一周してきた。

途中渡りでやってきた野鳥を数種類目撃したが、
やはり動きが早くて捉えるのに四苦八苦しながら上の写真のミヤマホオジロとツメナガホオジロ(?)を写すことができた。

バードウォッチングの人たちも数名いたが、
皆さん本格的ないでたちでとても私のような素人が太刀打ちできるようなものではなかった。

やはり一泊か二泊しながらじっくりと待ちかまえないと、
いい写真は撮れないとつくづく思った。

それでも秋の日のウォーキングは心地よく、
約1万歩を二時間ほどで歩いた汗はかなりのものだった。





名前が不明。
数匹で畑の中にいた。











今年は夏の間、台風の関係でずいぶん欠航が多かった。
イベントが延期されたり大変だったようだが、例年と比較してどんな状態だったのだろうか。

私は今年も飛島行きが10回を超えた。





  

Posted by 黒メダカ at 08:01Comments(0)飛島のこと

2018年09月28日

秋の飛島は青空がよく似合う








2018年9月28日(金)

何とかパソコンのリカバリーが終了した。
その後のセッティングのなんと面倒なことか。
久しぶりにパソコン設定のむずかしさを痛感させられた。

まだ完全に以前の状態に戻っていないが、とりあえずインターネットはつながり、
メールとプリンターも動くようになった。

まだ細かな設定はこれからだが、
アカウントやらパスワードやらがこんがらがってしまった。

今日はお休みだったがせっかくのお天気だ。
急きょ離島飛島に行ってきた。

渡りの野鳥は数種類見ることはできたが、動きが早すぎて写真に撮ることはできなかった。
青い空と碧い海がとても心地よかった。

どこにも行かないすずめとウグイスは撮れた。










  

Posted by 黒メダカ at 17:16Comments(0)飛島のこと

2018年09月17日

飛島ウォーキングはうす曇り








2018年9月17日(月)敬老の日

昨日行った酒田市の離島飛島でのウォーキングは心地よい薄曇りの気候だった。
釣り客が賑わう港を後にして島をぐるりと歩く人なんて誰もいなかった。

数人が自転車で私を追い越していったが、
皆さんただ見学するだけの人ばかりだった。

勝浦港から今年泊まったおばこ旅館前を通って、
中村港を通って飛島小中学校を通り、
ヘリポートの脇を通って農免道路へ上がっていく。

グランド脇を通って森と畑の続く農免道路を歩いて行く。
アイドルのヤギさんが道路で横になっていた。
そのまま声をかけて海水浴場方面へ歩いて行く。

ぐるりと周って約2時間は早いのか遅いのかわからないが、
西海岸へは行く余裕がないのがつらいところ。


ところでこの日から実は定期航路「とびしま」は中間検査のために、
代船として客船「さんらいなぁ2」が運航する予定になっていた。
しかし、朝乗った船はなぜか「とびしま」だったが、
帰りは客船「さんらいなぁ2」だった。
























  

Posted by 黒メダカ at 08:04Comments(2)飛島のこと

2018年09月16日

しまかへのエビとイカの海鮮カレー








2018年9月16日(日)

天気予報では朝から曇り空だったが、
朝起きると朝日がとても眩しくて、それを見て飛島に行くことに決めた。

飛島に着いて10時15分、約2時間ぐるりと一周してから立ち寄った島のカフェスペース「しまかへ」。
帽子から滴る汗を無視しながら注文したのは「エビとイカの海鮮カレー」。

写真を見る限りではエビもイカも見えないが、
細かくなったエビもイカも美味しいばかりだった。


足元では痩せた猫ちゃんが獲物を狙うようにじっと見ていた。
残念ながら与えるような食べ物を私は持っていなかったが、大丈夫生きていけたかな?








  

Posted by 黒メダカ at 17:32Comments(0)飛島のこと

2018年08月26日

写真集とびしま「昭和30年代の離島の暮らし」




2018年8月26日(日)

今日は朝からの雨がずっと降り続いている。
ゆっくり落ち着いて家にいることができてうれしいが、実は午後から仕事だ。

先日古本屋で見つけた「写真集とびしま」(寒江書房発行・著者鈴木睦任)は、
昭和37年から40年までの4年間勤務した飛島小学校の先生が記録した島の自然と生活の写真集だ。

飛島は昭和25年に酒田市と合併。
昭和30年からは離島振興法が適用され、本土に近い生活の改善を目指した。
港作り、新道路建設、電灯、水道、観光対策などの事業が動き始める。

ちょうどそんな時代の村人の暮らしを写真は見事に写し出していた。
折しも私の小学生時代とぴったりと重なる写真が数多くあった。





飛島で行われていた稲作の歴史がまさに写真で記録されていた。
今ではまるで夢のようだが、実際に作られていたのだった。

秋の実りの頃は鳥追いと称して子どもたちが西海岸まで降りて行って、
鳥から稲を守っていたのだった。





全島民が参加しての運動会は子どもたちの数の多さにびっくりする。
運動会での踊りの披露やマスゲーム、団体競技など華やかな運動会だった。


写真集は平成18年に発行されていた。
少しずつページをめくりながら私にとっても懐かしい昭和の世界を味わっている。



  

Posted by 黒メダカ at 15:23Comments(0)飛島のこと