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黒メダカ
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毎日の日記代わりに綴っているが時々羽目を外すこともあり。
美味しいものには目がないが、以前はこよなく愛していた日本酒などのアルコールはほとんど嗜むことがなくなった。
心臓の持病はいつ悪化するかわからない厄介者。

2019年04月15日

飛島の弘法大師伝説、材木岩とにわとり

飛島の弘法大師伝説、材木岩とにわとり

飛島の弘法大師伝説、材木岩とにわとり



2019年4月15日(月)

一昨日行ってきた飛島のことでもうひとつ書きたいことがあったので掲載しておく。

定期航路とびしまは通常は一日一便となっている。
酒田港を出発し、飛島の勝浦港との間を往復する。

つまり島の人は通常は日帰りは不可能となっている。
必ず一泊酒田のどこかにしなければならない。
だから概ねの島の人は酒田港の近くに2件目の家を持っている。

昔から島の人の願いは「本土との交通問題」なのだ。
「本土と地続きだったら」の願いはとても強い。
それがために島から離れる島民も多いのは事実だ。

さて、そんな中「弘法大師と材木岩」という伝承話を聞いたことがある。


その昔、弘法大師が飛島に渡った。
風まかせの船旅は丸一日掛りで、離れ小島の不便さをつくづく感じた弘法大使は、
島民に「法力で夜が明けるまでに橋を架けてあげよう。ただし、できあがるまで誰も見てはならない」と告げた。

ところが日に何度かにわとりの鳴きまねをしないと気が済まない若者がいて、
夜明け前に鳴きまねをしてしまった。

この鳴きまねを待望の夜明けと勘違いした島民は一斉に外に出た。
橋は八分通りできあがっていたが、大師は約束を破ったことを怒り、橋を壊して材木を投げ飛ばした。
この橋の一部が烏帽子群島の「柱状節理」として残ったと言う。


弘法大師と材木岩のお話は「橋が欲しい」という島民の切なる願いから生まれたものなのだろう。
しかし、40kmもの距離をつなぐ橋など実現不可能なのは誰もが知っていることだ。

ところで、この伝説のせいで飛島ではにわとりは飼わないことになっているのかと、ずっと思っていたが、
一昨年辺りからどこからかにわとりの鳴き声が時々聞こえるようになっていた。

始めは空耳かと思っていたが、ようやく今回訪れた折にその謎が解決した。
いつもはヤギさんのいる近くで一羽だけにわとりがいるのを目撃できたのだった。

それが今回の写真だ。

これもヤギさん同様島民のペットなのかは聞き忘れたが、次回行った時には聞いてみようと思う。
影を見る限り、白色レグホンではなく名古屋コーチン辺りではないだろうか。



※資料として粕谷昭二氏著「日本海の孤島 飛島」(東北出版企画)から一部抜粋した。




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